SULAWESI TRIBUTE 1988 [スラウェシ・トリビュート] Episode1
開催日:2024年9月2日〜22日
開催場所:インドネシア スラウェシ島
主催:sandglow
PHOTO & TEXT:竹村吉史(YOSHIFUMI TAKEMURA)
インドネシア・スラウェシ島2,250kmの旅
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インドネシアのスラウェシ島で開催される、キャメルトロフィーをリスペクトした、キャメルトロフィートリビュートツーリングに参加するため、私は1988年スラウェシ大会の元日本代表選手・関口徹氏とジャカルタで合流した。
コンボイでヒストリックルートをトレース
ジャングルなどの未開の地をステージとするキャメルトロフィーは、全20大会中の4大会をインドネシアで開催している。そのためインドネシアには4×4オフローダーはもちろん、熱狂的なキャメルトロフィーファンも多いという。このキャメルトロフィー・トリビュートは、過去4大会で使われたヒストリックルートをトレースすべく開催されているが、すでにスマトラ・トリビュートとボルネオ・トリビュートを終え、残すは今回のスラウェシ・トリビュートと2026年に開催を控えているカリマンタンのみとなっている。あくまでも「トリビュート」であるため、各々一回のみの開催で締め括るそうだ。主催したのは、このキャメルトロフィーのトリビュートシリーズを運営するために創立された企業で、キャメルカーに塗られた山吹色の正式名でもある「サンドグロウ」と命名され、メンバーは全員筋金入りのキャメルを愛する男達だ。
そもそもキャメルトロフィーって何? と思う若い世代も多いと思うので、大まかに説明しておきたい。キャメルトロフィーは、世界一ハードなアドベンチャーラリーと言われ、山吹色に塗られたランドローバーに、グリルガード付きウインチバンパーやルーフキャリアが装着され、そのアイコニックなスタイルで、当時4×4ファンのみならず、一般の人々にもF1に続く知名度を持ったアドベンチャーラリーだった。世界各国の予選会で選抜された2名が開催地に用意された新車のランドローバーに乗り、与えられたタスクを消化しながらポイントを獲得し、順位を競うスタイルだが、勝者に賞金や賞品などは一切無く、得られるのは栄誉だけというユニークなラリーでもあった。さらに参加資格はアマチュアに限られ、本戦に参加すると二度目は参加資格を失うという、まさに一生に一度のチャレンジで、当時の4×4乗りはこぞって代表選考会の予選通過を目指してエントリーシートを送ったものだ。しかし、メインスポンサーのキャメルがたばこブランドだったため、モータースポーツ界を襲ったたばこ広告禁止の流れに押され、残念ながら2000年のトンガ・サモア大会以降、再開に至っていない。
今回開催されたスラウェシ・トリビュートは、40台のランドローバーに132人が分乗し、コンボイとなって、1988年に開催されたスラウェシ大会のヒストリックルートを織り交ぜ、約3週間かけて2,250kmを走破する壮大なアドベンチャーラリーだ。あくまでもキャメルトロフィーのトリビュートであるため、参加車両のタイヤ外径は当時と同じ32インチ程度、オーバーランダースタイルのルーフテントも禁止して、当時のキャンプスタイルを踏襲、ランプ類もハロゲンを推奨するなど、往年のキャメルスタイルが大切にされている。またコンボイ時のユニフォームや、作業時のグローブ着用など、キャメル精神がしっかりと引き継がれた本格的なものだ。併せて、スラウェシ島に埋もれた未開の観光資源に光を当て、ゴミ問題に苦しむ同国の環境への意識改革も目的のひとつとされている。

サンドグローの車列で構成するコンボイこそ、キャメルトフィーを知る人にとって永遠の憧れになっているシーンだ。

このイベントを強力にバックアップしていたのがIOF(インドネシア・オフロード連盟)で、スラウェシ島をコンボイで移動する我々に対し、随所で歓迎セレモニーを開催するなど、コンボイの安全もサポートしてくれた。

スラウェシ・トリビュートに参加したチームジャパンメンバー。左から筆者・竹村、中央がバリ在住のユウコさん、右がレジャエンド枠で参加したキャメルトロフィー・スラウェシ大会元日本代表の関口徹氏。

1988年のヒストリックルートを辿るとはいえ、36年を経たルートは廃道となっている部分も多く、ガイドやウインチング、牽引などが必要とされるハードコアなものだ。

オフロードや痛みの激しい一般道、高度差のある峠越えなど、さすがのランドローバーも音を上げる。スラウェシ島の交通網は、主に飛行機や船などの交通機関でカバーされるため、道路網の整備は置き去りになっている。



