SULAWESI TRIBUTE 1988 [スラウェシ・トリビュート] Episode4
開催日:2024年9月2日〜22日
開催場所:インドネシア スラウェシ島
主催:sandglow
PHOTO & TEXT:竹村吉史(YOSHIFUMI TAKEMURA)
最終目的地のマナドまで、満身創痍のコンボイが歩を進める
翌朝、再びパッキングと整備をして、休む間もなく縦に長いスラウェシ島の北に向かって走る。一般道での移動距離が長いため、予め到着日時を定めた中継点まで4〜5台の小グループで移動するルーズコンボイの指示がでた。途中、食料などの仕入れやダメージを受けた車両整備のため、通りすがり街に立ち寄りながら移動する。中継点はベホア渓谷のポケケア遺跡などに設定されており、しっかりとスラウェシの秘境を楽しめるツアー要素も盛り込まれているのが嬉しい。マカッサルのスタートから2週間、サンセットの美しい海岸線の道路を経て、赤道直下のキャンプ場に到着。コットに寝転び、涼しい海風を受けながら至福のひとときを過ごすことができたが、ゴールのマナドまでは道半ば。まだ1,000km以上も走らなくてはならないのだ。その後、ゴロンタロでジンベイザメと共に泳いだり、トモホンのエクストリーム・マーケットで巨大蛇やコウモリ、〇〇などの肉が生々しく売られている中を歩いたりと、緩急ある体験を積み重ねながらマナドまでの凸凹道を我々は何日も走り続けた。
いよいよマナドに到着する朝、コンボイ陣形を整えてマナドを代表する空港「サム・ラトゥランギ空港」に向かう。そこには1988年に開催されたキャメルトロフィー・スラウェシ大会のモニュメントが建てられている。1988年のスタートセレモニー同様、戦士のダンス「カバサランダンス」に迎えられたメンバー達は、モニュメントの前で歓声を挙げている。何とそこにはスラウェシ・トリビュート参加者全員の名前が刻まれた新たな記念碑が建っていたのだ。そんな粋なサプライズによる幸福感に包まれながら、白い砂浜が青い海と空を際立たせるパールビーチに到着し、全員の無事とトリビュート達成の歓びを参加者全員で分かち合った。トリビュートシリーズは、インドネシアでキャメルトロフィーの開催地となった4か所のうちスマトラとボルネオ、そしてスラウェシの3か所が開催されたが、現時点で1996年に開催されたカリマンタン大会をトレースするカリマンタン・トリビュートが2026年に実施されることが発表されている。キャメルトロフィーに憧れていた人にとって、長年の夢を叶えてくれるトリビュートシリーズ。形を変えても続けていってもらいたい有意義なイベントのひとつだ。

ベホア渓谷のポケケア遺跡でメガリスを見学。一般ツアーでは来られない得がたい体験ができた。

港町マララに向かうと、多くの村人達が集まり、歓迎式典を開催してくれた。

赤道直下の漁村シウェリでキャンプを楽しんだ翌日は、マララの人々とウミガメの放流を行った。

マララに到着すると我々は盛大に歓迎され、ここで海水を浄化するマングローブ3,000本の植樹も実施。

2日間の休息地を与えられた我々は、トモホンのエクストリームマーケットに行くことにした。活気ある市場では、生活用品から生鮮食品、そしてこのような予想外の生物の肉売り場も存在する。

1988年のキャメルトロフィーでも、ここサム・ラトゥランギ空港でカバサランダンスが踊られ、世界中から集まった屈強な男達を迎えた。カバサランダンスを踊る彼は、先祖の魂を憑依させて踊ると言っていた。

1988年、キャメルトロフィー開催を記念してマナド国際空港の敷地にモニュメントが建造されたが、今回はその横にスラウェシ・トリビュートの記念碑が建てられた。

コンボイは遂にゴール地点のパールビーチに到着した。美しい砂浜では民族楽器による音楽が演奏され、最後には参加者も一緒に踊り大きな盛り上がりを見せていた。

5日間かけてハードなプルプルトレイルを走破し、ルーズコンボイながら交通事情と路面の荒れた一般道を約600km移動してきたベホア渓谷での集合写真。共に苦難を越えて来たことで、仲間達との団結力はさらに増したことだろう。

スラウェシ・トリビュートの参加者達には、このような完走プレートが渡された。



