トヨタランドクルーザー FJ43 1960-1974
2006年 HISTORIC4x4GRAFFITI掲載
これがヨンマルのオリジナル
長い現役時代にめまぐるしい仕様変更を受けたヨンマル
数あるモデルの中で“FJ” だけは独自のスタイルを持っていた
伝統の“F” を積んだコイツこそ、ホンモノと呼ばれる意味がある
14年間も作られたオリジナル 55型もヨンマルから巣立った
FJ43は、トヨタBJ型の後を受けて活躍したFJ20/BJ20の後継車として、FJ40、FJ45V とともに1 9 6 0 年(昭和35年) に登場した。これら40系は、3878cc・6気筒OHVのF型ガソリンエンジンを共有し、FJ40は2ドア幌仕様のショート、FJ43は2ドア幌のミドル、FJ45Vは鉄板の屋根を持った4ドアバンのロングと、それぞれホイールベースの違うシャーシーごとに別々のボディータイプとしていた。
このうちFJ45Vは’67年に40系から独立し、顔も形も独自のデザインを採り入れてFJ55Vとなり、後にエンジンをスケールアップさせるなど変更を重ねて60系へと発展。40系の本流であるFJ40とFJ43は、細かい変更を小刻みに受けながら’74年にB型ディーゼルエンジンを積むBJ40系へとバトンタッチするまで、実に約14年間もの長きにわたって生産され続けた。
40系の愛嬌ある顔に魅せられたユーザーは多い。ドア後端からボンネットの先端に向けて一直線にボディーを絞る独特のラインが顔を小さく、丸いフロントフェンダーを大きく見せていて、無骨で力強いデザインの中にも優しさと大らかさを醸し出している。
このボディーを設計・生産し、シャーシーに載せていたのは、トヨタ傘下の荒川鈑金工業(後のアラコ→現・トヨタ車体)だった。組み立てはF J40の生産開始に合わせて立ち上げた同社の吉原工場(現在は主に100系を生産中)で行われた。
太いトルクにモノを言わせて走る 4 × 4への切り替えは、ある意味“儀式”

ボディーサイドが波打ったように見えるのはスポット溶接によるパネルのゆがみ。この時代はまだ溶接やプレスの技術力がさほど進んでいなかった。

3速MT はコラムシフト。トランスファーはインパネ上のレバー操作で切り替える。レバーに連動するFD スイッチは、後のモデルに引き継がれた。

グローブボックスのフタに貼られたプレートではミッションやトランスファーのシフトパターンを解説している。誰もが使う仕事グルマだからこその装備。

直線と曲線が入り混じったボディーは、普通の定規と雲形定規だけで描かれたという。カーデザイナー不在のその時代、ボディー設計者こそがデザイナーだった。愛嬌のあるこの表情を愛するユーザーは多い。
Fの魅力はトルクとサウンド 3速MTでもスムーズな運転
ボディーデザインの魅力もさることながら、FJとなると、やはりF型エンジンの存在が大きい。40系の最初のエンジンであることのほかに、排気量の大きさにモノを言わせるトルクの太さやドロドロ…という排気音がユーザーをトリコにするのだ。
シリンダーボアを、ガソリンエンジンとしては火炎伝播限界に近い90、ストロークを101・6 と大きくとったF型は、7・5対1という低い圧縮比で最高出力125PS、最大トルク29・0kg/mを発揮する。
このエンジンに組み合わされたのは、コラムシフトの3速MT。MTで3速では扱いづらいように思えるが、エンジンのトルクが太いおかげで、各ギア比が離れていても、何ら問題なく走れたのだ。
トランスファーのローギア比は2.31。形態としては前後プロペラシャフトを一直線上に置くオフセットドライブ式。高低のレンジ切り替えはインパネ中央付近から生えるレバーの操作によって行うところがFJならではである。4×2から4×4への切り替えはレバー左のFD (フロントドライブ) スイッチを引く。おもしろいのはハイレンジの4×2からいきなりローレンジに入れようとレバーを引くと、レバー根本のピンがFDスイッチ右を引いて、ワンアクションで済むというところ。この方式は、電気仕掛けに置き換えられながらも40系の後継である70系に引き継がれた伝統のシステムなのだ。

積載量が500kg と大きいため、スプリングはやや硬め。空荷でダートを走るときはスピードをやや抑え気味にしないと跳ねて落ち着かない。

スライド機構を持たない運転席の下には燃料タンクが置かれ、助手席側には大きな収納箱が備わる。燃料タンクは後のモデルで安全のため車外へ。

丸形テールランプと尻に付くバックランプがこの頃の仕様。シリーズ、年代にかかわらず、コーナーが湾曲したテール部はヨンマルの象徴。

ヘッドランプ下の白いランプと、フェンダー上の円筒形のウインカーは間違いなくFJ オリジナル。ウインチはエンジンの回転を動力源とするPTO式。

よく整備された3,878cc のF 型は、ヘッドカバー上にコインが立った。アイドリング時は、キャブがエアを飲み込む音しない程静かだったのだ。
様々な国へ、様々な形態で輸出 今では数少ないオリジナル
40系としては、国内民間向けの生産台数はFJよりも後に登場したBJの方が多かった。そのためヨンマルと言えば多くの4×4ファンはBJを思い浮かべるだろう。
FJはバトンタッチの時期が近づくにつれ、BJと見分けるのが困難になる。それは40系が数多くの国々に様々な形態で輸出されたことや、国内向けにも年式によって細かい点で変更が繰り返されたためだ。また、同年式の同型車であっても装備が異なるものがあるなど不可解な点も多く、マニアを悩ませたり楽しませたりと、なんとも世話の焼けるクルマなのである。
ただし、FJの時代に幕が下りるおよそ5年前、’69年のマイナーチェンジ直前に生産されたこのFJ43は、真にFJだけのオリジナル装備で構成されている。例えば顔。ヘッドランプ下の白いランプは車幅灯でフェンダー上の円筒状のオレンジランプはウインカーだ。またボンネットは左右2分割式でセンターにマスコットが載るタイプ。これらは後に形状や置き場所がたびたび変わり、初期型のレア度はかなり高い。それでなくても、完全なオリジナルはそう多く残っていないだろう。
今でもファンに支え続けられるFJ。その輝きは衰えることはない。

BJ40V 1974〜1979 経済的なB型ディーゼルエンジン(2,977cc)を積んだFJ40顔のモデル。日本でも一般ドライバーに身近な存在となり、東南アジア諸国へも大量に輸出された。日本向けのショートはBJ40V、ミドル仕様はBJ43(幌)。

BJ41 1979〜1982年 経済的ではあったが非力で不評だったB型ディーゼルの排気量を上げ、パワーアップした2B型(3,168cc) を積んだ。日本向けでは、ショートがBJ41(幌) とBJ41V、ミドルはBJ44(幌)とBJ44Vとなった。

BJ46V 1982〜1984年 厳しい排気ガス対策を受けつつ排気量を上げた3B型(3,431cc)を搭載。日本向けショーとはBJ42(幌)とBJ42V、ミドルはBJ46(幌)とBJ46Vとなった。積んだFJ40顔のモデル。積載重量を落としてソフトライド仕様としたLパッケージも登場。
愛嬌ある顔の奥に載る“F” BJ と見分けることが困難に

幅70mm、厚さ6mm のリーフを7枚も重
ねたフロントスプリング。堅牢で耐久性を
重視したつくり。これはショートのFJ40と同じ仕様だ。

フロントよりヘビーな幅70mm、厚さ7mm の主リーフ6 枚に加え、厚さ11mmのサブリーフ3枚を重ねたリアスプリング。ロングのFJ45Vと同じ仕様だ。
SPECIFICATIONS
- 車名/年式: トヨタランドクルーザー(FJ43)/1969 年
- 全長×全幅×全高: 4,230 × 1,665 × 1,970mm
- ホイールベース: 2,430mm
- トレッド: 前/1,404mm 後/1,400mm
- 車両重量: 1,590,kg
- 乗車定員: 2名
- 形式: 水冷直列6気筒OHV ガソリン
- 総排気量: 3,878cc
- 内径×行程: 90.0 × 101.6mm
- 圧縮比: 7.5:1
- 最高出力: 125PS/3,600rpm
- 最大トルク: 29.0kgm/2,000rpm
- 燃料/タンク容量: 無鉛ガソリン/70L
- トランスミッション形式: 3速MT
- 変速比: 1 速: 2.76/ 2 速: 1.70/ 3 速: 1.00
- 駆動方式: パートタイム4 × 4
- 副変速比: Hi : 1.000 Lo : 2.310
- 最終減速比: 3.700
- ステアリング形式: ボール・ナット式
- サスペンション 前: リジッドアクスル式リーフスプリング
- サスペンション 後: リジッドアクスル式リーフスプリング
- 主ブレーキ: 前: 2 リーディングドラム 後: デュアル2 リーディングドラム
- タイヤサイズ: 7.00-15-6 PR



