MITSUBISHI JEEP J3 1953-1973
2006年 HISTORIC4x4GRAFFITI掲載
日本の四駆シーンの開拓者
アメリカでジープの原点と言えばMB/GPWだが
日本のジープ、三菱ジープの事実上の出発点となったのはJ3だ
ノックダウン生産から始まり、徐々に国産化を果たしたJ3 は
1953年から21年間も作り続けられたロングセラーだった
ノックダウン生産から始まり国産化、右ハンドル化を果たした
ひとくちに三菱ジープJ3と言っても、アメリカで生産されるウイリス・ジープにならい、左ハンドルのまま作られた「CJ3B – J3」と、’61年から登場した右ハンドルを意味するRの文字が付け加えられた「J3R」に分けられる。ただしJ3Rは通称で、正式な型式名ではない。
三菱ジープの製造は、1952年7月、当時の新三菱重工業とウイリス・オーバーランド社との間に、ジープのノックダウン方式による組み立て下請け契約が結ばれたときから始まった。
CJ3A はMBゆずりのLヘッド「ゴーデビル」エンジンを搭載するモデルだが、ちょうどその頃、次世代のFヘッド「ハリケーン」エンジンを搭載するCJ3Bが開発され、モデルの切り替えが行われた時期でもあった。新三菱重工業にはCJ3Aの設計図とともに、まだアメリカでも生産されていなかったCJ3Bの設計図も渡されたのだ。
最初(’53年2月) に生産され林野庁に納入された54台がCJ3A – J1と名付けられ、続いて3月から9月にかけて保安隊に納入された500台がCJ3A-J2と呼ばれた。そしてノックダウン生産から国産化へと進むにあたって、’53年7月から新たに作られるようになったのがCJ3Bである。これは従来からの命名ルールに従って、CJ3B-J3と称するようになった。ちなみにJ3は民間向けモデルの名で、同じクルマを自衛隊用としたものはJ4と呼ばれている。
ジープの国産化は車体だけにとどまらず、’55年から三菱製2199 ・70馬力のJH4型ガソリンエンジンが搭載される。JHとはジャパン・ハリケーンの略で、JH4は’57 年の特別調達庁からの大量受注を機に本格生産が始まった。このエンジンは、後にKE31型ディーゼルエンジンのベースにもなる。KE31型はジープJC3に搭載されただけではなく、中型トラックやライトバスにも搭載され、小型高速ディーゼルエンジンとして高く評価された。
J3には、’60年以降、76馬力までアップした後期型はJ H4が搭載される。そして’73年、95馬力のK E47型エンジンを搭載するJ52が登場して、’53年から21年もの間作り続けられたJ3は、静かに表舞台から去っていったのである。

ステアリングとスペアタイヤを対角線上に置くのがMB時代からの原則だが、J3Rではハンドル位置だけが変わってしまった。

ナロウジープの特徴的なリーフスプリング。凹断面スプリングとコの字型シャックルを使用しアクスルをフレシキブルに動かす。

ジェリ缶使用を考慮してか、大口径の燃料給油口にフィルター付きの延長パイプが装備されていた。
アポロ採用の最終モデル レストア後コラムシフトに改造
取材車両のJ3Rは’64年式で、オーナーがフルオリジナルのワンオーナー車として、実走行2万キロ、新車当時のナンバー付きで入手したものだという。もとは自動車整備工場のサービスカーとして使われ、改造箇所はほとんどなかったそうだ。
ウインカーは「アポロ」と呼ばれた腕木式の最終モデル。リアのテールランプも左側に1灯しかなく、点滅するウインカーは前にも後ろにもついていなかった。当初そのままのカタチでレストアしたところ、一般道で何度か追突されそうになったので、やむなく小さな赤灯をリアのリフレクターの位置に付け、フロントはスモールランプをダブルフィラメントにして点滅するウインカーの機能を持たせている。
新車当時の姿を目指してレストアを開始。ボディーに腐りはなく、フロア下のクロスメンバーに少し腐食があった程度で、コンディションは非常に良かったようだ。とは言え、ボディーの外せる部品はすべて外して再塗装。ゴム類や幌などは新品純正部品を使用した。
レストア後、オリジナルのフロアシフトから、J20系やJ30系で採用されているコラムシフトへの改造が施された。オーナーがインパネにあるコラムシフト用ロッドの逃げに気づき、ボディー加工なしでコラムシフト化できるのでは…と考えたから。そしてJ20のミッションを移植し、シフトレバーがコラムに移設された。
MB/GPW 以来の設計思想を、国産化後も忠実に守り続けた


これより後のモデルでは、三菱電機製AMラジオが収まる位置に灰皿が付いている。ラジオに追われた灰皿は以後「欄外」の存在になる。

助手席の足元にあって直接フタを開け閉めして操作する日本電装製の温水式ヒーター。もちろんフタを開ければ室内の暖房となる。

JH4型エンジンが収まるエンジンルームは、新車時より美しくレストアされていた。ブレーキのリザーバータンクはナシ。電装は12ボルトだ。

このJH4は圧縮比7.4の後期型で、76PS/
4,000rpm、16.4kgm/2,400rpm を発生する。左の大きな筒はエアクリーナーケース。
基本設計はMB/GPWと同じ 機動性の高さは軍用車譲り
J3はエンジン高の高いハリケーンエンジンを収めるためにハイフードのシルエットとなったが、基本的にはMB/GPW から変わらない設計と言える。J3の跡を継ぐJ50系も、搭載されるエンジンこそ違うものの、’78年までは基本的に同じ設計のシャーシーが用いられた。’78年はリアのトレッドが拡大されオーバーハングも延長されるマイナーチェンジが行われた年。三菱ジープは、この’78年を境に、以前をナロウ、以後をワイドと区別するのが通例だ。
サスペンションは前後リーフ・リジッド。ナロウジープの特徴は、コの字型シャックルと、板幅が狭く凹型断面を持つリーフスプリング。リーフは前が8枚、後ろが10枚と枚数が多いが、板間摩擦を減らす工夫で路面追従性を高めていた。もっとも乗り心地は決して良くなかったが。
低回転でトルクを発生するエンジンに、ギア比がオープンな3速MT。決してパワフルと
は言えないが、軽いボディーのおかげで、一般道で少々シフトチェンジをサボっても問題なし。オフロードでは良く動く脚と見切りの良いコンパクトなボディーに助けられることも多かったはずだ。
取材車両は、さすがに土足厳禁ということはなかったが、あまりにもきれいにレストアしたものだから、雨の日はもちろん、水たまりさえ走りたくない・・・とのことで、ほとんど試乗はできなかった。残念ではあるが、その気持ちは良く分かる。


方向指示器はアポロ。ウインカースイッチを操作すると、サッと腕が挙がるが、この位置は乗用車から見にくく、アポロを知らないドライバーも少なくない。

本来リアパネルには左側にテールランプがひとつあるだけ。アポロだけでは危険なので、オーナーが小さな赤灯を追加し(写真左側)、点滅可能にした。

フロアシフトからコラムシフトへと大胆な改造が施されているものの、純正流用なので違和感は少ない。ホーンボタンも古いタイプに換わっている。

SPECIFICATIONS
- 車名/年式: 三菱ジープ(J3R)/1964年
- 全長×全幅×全高: 3,388 × 1,665 × 1,895mm
- ホイールベース: 2,032mm
- トレッド: 前/1,230mm 後/1,230mm
- 最低地上高: 210mm
- 車両重量: 1,050kg
- 乗車定員: 4名
- 形式: 水冷直列4気筒F ヘッドガソリン
- 総排気量: 2,199cc
- 内径×行程: 79.4 × 111.1mm
- 圧縮比: 7.4 : 1
- 最高出力: 76PS/4,000rpm
- 最大トルク: 16.4kgm/2,400rpm
- 燃料/タンク容量: 有鉛レギュラーガソリン/45.5L
- トランスミッション形式: 3速MT
- 変速比: 1 速: 2.798/ 2 速: 1.551/ 3 速: 1.000/ 後退: 3.798
- 駆動方式: パートタイム4 × 4
- 副変速比: Hi : 1.000 Lo : 2.460
- 最終減速比: 5.380
- ステアリング形式: カム&レバー
- サスペンション 前: リジッドアクスル式リーフスプリング
- サスペンション 後: リジッドアクスル式リーフスプリング
- 主ブレーキ: 前:ドラム 後:ドラム
- タイヤサイズ: 600-16-6PR



